【団塊ひとり】田中防衛相の失態と国会における野党の質問攻勢

 
 明日9日は明治の、というより近代日本の文豪漱石の生まれた日である。

 夏目金之助漱石)がこの世に生をうけたのは、1867(慶応3)年2月9日(旧暦1月5日)。このとき父親の直克は50歳、母ちゑは42歳。女性の平均寿命が80歳を超えた現在でも、子供を産む年齢としてはかなりの高年齢。まして、金之助が誕生した頃は「人生五十年」が常識であったので、漱石はいわゆる「恥かきっ子」として迎えられたらしい。少子高齢化という問題を抱えている現代では表彰の対象にしても良いほどであるが、様々な事情で彼は誕生後すぐに養子に出される。このことが彼の精神、さらに小説に独特の陰影を与える。

 養子生活のことを題材にした自伝的な小説に「道草」がある。それは漱石の「詩と真実」の物語であるが、その中で養父母が主人公に対して執拗に繰り返す質問がある。
 
  「御前の御父さんは誰だい」
  健三は島田の方を向いて彼を指した。
  「ぢや御前の御母さんは」
  健三はまたお常の顔を見て彼女を指さした。
  是で自分達の要求を一応満足させると、今度は同じやうな事を外の形で訊いた。
  「ぢや御前の本当の御父さんと御母さんは」
  健三は厭々ながら同じ答を繰返すより外に仕方がなかった。

 なぜこのような質問を繰り返すのか。理由は簡単である。まさしく、彼らは実の両親ではなく、養父母であるからだ。実の両親ならこんな質問はそもそも考えることすら無いだろう。本当の親だったら、「お前の本当の親は誰か?」など、改まって聞く必要がない。親子関係に対する不安が無いからだ。

 が、このような質問は「問わず語り」に、この人たちは「実は、本当の親ではないのか?」という疑念を子供に与えることになる。質問は本来分からないことを聞くためにする。勿論教師が生徒にする質問は、生徒の知識を試すものであるし、場合によれば単に恥をかかすためになされる「意地悪な」建設的とはいえない質問もあろう。が、その時はそれをうまくかわすことが回答者の力量になる。質問の中には実は「解答」が隠されているものだ。そして、質問のやりとりは回答者の力量だけではなく、質問者の意図や人格をも見事に表すものだ。

 田中防衛大臣が火だるまだ。が、集中して浴びせかけられる質問の内容は、時には中学生でも答えられるような内容もあり、いくら「素人」でも直前に少し勉強しておれば、十分にクリア出来るものが多い。その意味で田中大臣は単に力量不足というだけではなく、職務に対する真摯さの欠如・当然なすべき努力を行わない怠慢さ、という側面が強調されてしまった。その結果、個人的な資質のマイナス面に焦点が合わされ、国会の質疑応答が「論戦」にならず、矮小化されてしまった。

 さらに、不幸なことに解答者の知識不足、努力不足を浮かび上がらせただけではなく、質問者の品格・政治家としての小さささも浮かび上がらせてしまった。野党の質問の多くは日本にとって未曾有の困難が生じているという危機意識を感じることが出来ない。田中大臣が不適当であることは、もはや誰の目にも明らかである。また田中大臣を適材適所・最善の人事といってしまった野田首相民主党全体のお粗末さも国民の前にさらされている。もし自民党が本当に国民の信頼を回復し、政権を担う気があるのなら、今のような質問を繰り返すばかりでは、その道は遠い。もう少し大人の質問を考えるべきだ。

 多くの解決すべき困難を抱えた日本。今のような「論戦」を繰り返していくだけでは、もう民主党自民党のような既成の「大」政党に信頼を寄せる人はますます少なくなって行くに違いない。