【団塊ひとり】袴田事件と再審問題

 袴田事件の再審が認められた。しかも初めての死刑囚の勾留停止だ。かぎりなく無罪に近いと裁判所が判断したのだろう。もし無罪になれば半世紀もの間無実の罪で拘留されていたことになる。本人はもちろん、その間の家族の苦悩は想像を絶する。なぜこのようなことが繰り返されるのか。

 それにしても半世紀もの間、冤罪でかくも長く拘留されるものなのか。冤罪というものはこれほど簡単に作り出せるものなのか。

 昔、グリコ事件というものがあった。当時、職場に新聞に出ていた「キツネ目の男」そっくりな同僚がいて、みな陰でひそひそと「もしかしたら」と話をしていた。いつか刑事がやってくるだろうと。

 職場には別名「サロン部屋」と言う場所があって、サボるというほどではないが仕事の合間に時々茶を飲んだりしていたものだ。ところが「その日」に限って誰も集まらない。変だな、と思いながらいつものようにくつろいでいた時だ。突然刑事が3人ほど、事務員の案内でその部屋に現れた。

 刑事はひとりだけ部屋にいる私に、職場の倉庫にあったらしい緑色の古い和文タイプライターを操作するように「命じた。」私は、和文タイプなどほとんど使用しないので、事務員に使用方を聞いてから刑事が差し出したメモを打っていった。

 途中で気付いたのだがそれはグリコ犯人の脅迫文と同じ文言だった。それを私は時間をかけてガタンガタンと音を立てて打っていった。質問とかそんなものはなくただタイプを打っただけと記憶している。その後、サロン仲間に言われた言葉が印象に残っている。「君は用紙に指紋を付けただろう、そして、犯行文を打ったらしいな。もしその紙を警察が悪用したらきっと申し開きが出来ない」

 あれから時間が経った。今は70歳前になった私は、もう数日前の出来事でもうっすらとしか覚えられない。家にひとりでいることが多いからアリバイを証明してくれる人もいない。だから指紋がつき、脅迫文と同じ文章を打った用紙を突きつけられ、長時間、専門の取調官に追及されたら私はどうして「無実」を証明できるのか。

 父が自衛官だったので私は制服には比較的従順だ。もし警官が私の指紋やDNAの採取を要求しても素直に応じるだろう。が、もしそれを犯罪現場や押収品に紛れ込まされれば、私は自分の潔白を証明することは不可能だろう。「自白」するまで何ヶ月も拘留され、結局、やってもいないことを「自白」させられる可能性がある。

 捜査に行き詰まった刑事が、こういう事をして犯人を作り出すのではないか、と今頃ぞっとしている。もし冤罪を訴えても警察の発表に追随することしか出来ないマスコミは全く頼りにならない。彼等には自分で考える訓練が不足している。

 多くの冤罪事件に共通するように、検察は自分達に都合の良いストーリィに従って証拠を集め、捜査を進行する。仮に私がそのスト−リィに組み込まれてしまったなら、私は逃れる方法を失うだろう。「犯行声明」を打ったタイプ用紙に指紋がついていて、「犯罪現場」から発見されたものに「付着」していたDNAが、私のDNAと一致したと言うことで私は犯罪者扱いをされ、多くのフラッシュを浴びるようになり、妻は雨戸を閉じて家に引きこもるだろう。子供達は石を投げられ、親たちは悲しみのあまり命を縮めてしまう。これでは、いくらなんでもサスペンスドラマの見過ぎだが、まったく荒唐無稽とも言えないのが最近の警察でありマスコミだ。

 が、現実は小説よりも何とかと言うが、最近は何を信じて良いのか分からない混沌の時代だ。佐村河内、STAP細胞など一度は高い評価を受けたものが、一日でひっくり返る。無実の人間が捕らわれ、犯罪者が逮捕されずに闊歩する。

 現実に起きたガソリンスタンドでの「誤認」逮捕事件。時計の正確さの確認という基本的な事すら出来ない警察。最近はIPアドレス等まで「なりすます」事が可能なので、仮にメールからIPアドレスにたどり着いたとしてもその人間が犯人とは限らない。知らない間にPCを操作されている可能性がある時代だ。PCに関して優秀な犯罪人にターゲットにされれば私など赤子よりも簡単に「犯人の身代わり」にされてしまう。そして今の警察の能力ではそれを見破ることは不可能に近い。現実に多くの「冤罪」が発生している。今の「犯罪者」は警察の無能をあざ笑うために、無実の人間を利用することがある。勉強不足の警察は、その事にほとんどなすすべを知らない。勉強不足の警察は、新しい「犯罪」にほとんどなすすべを知らない。そして「犯人」の思惑通り自らの無能さをさらけ出す。

 日本の社会は戦争前と変わったのだろうか。それとも変わってはいないのだろうか。再審が多いと言うことはずさんな捜査が多かったことを示すが、同時に日本の民主主義や裁判制度が正常に機能していることを証明しているのだろう。今は後者を信じたい。それにしても48年はあまりにも長すぎるではないか。